気候
四季がはっきりしており、夏は暑く、冬はかなり寒い。北、西、中央部では冬になると雪が降るところも多い。特に北部は日本と全く同じように、緑豊かで、稲作が農業の大半を占める。気候区分は大きく以下の3つに分けられる。
・北西部のアゼルバイジャン共和国に始まり、ホラーサーン州そして北東部のトルクメン共和国に至る温帯気候
・ザクロス山脈およびアルボルズ山脈地帯を含む高山気候
・ルート砂漠および塩漠を含む熱帯乾燥気候
正月の習憤
正月はノールーズと呼ばれ、3000年の歴史がある。西暦では3月21日にあたり、13日間にわたり様々な行事が催される。家庭では、ハフスイン(7つの S)として知られるペルシャ語で7つの品物とコーラン、鏡、金魚鉢を添えて飾る。
イラン料理(主食)
カスピ海沿岸のギーラーン州、マーザンダラーン州では稲作が盛んで、主食は米です。米料理は多彩で、白いご飯をチェロウといい、ご飯に色々混ざっているものをポロウといいいます。日本人がピラフと呼んでいるのはポロウがなまったものです。代表的ポロウは、バーゲラー・ポロウ(ディルというハーブとそら豆)、サブズィー・ポロウ(パセリ、にら、コリアンダーなど)、ルービヤー。ポロウ(さやいんげんとひき肉)、ゼレシュク・ポロウ(〈この実)などです。それ以外の地域ではナーンと呼ばれるパンが主食で、一般的なナーンには、サンギャク(熱くした小石の上で焼く)、ラヴァー(薄く焼く)、バルバリー(厚めに焼く)などがあります。
地方色豊かな料理
カスピ海沿岸では魚料理、野菜料理が多く、マーヒー・セフィード(高級魚)やウゾンブルン(キャビアの親魚)の炭焼き、燻製や塩漬けなど、日本と共通する食文化があります。テヘランや中部地方では肉料理が多く、鶏、羊、牛肉の焼肉(キャバーブ)はイランを代表する料理です。ミント、バジル、パセリ、にら、ラディッシュなどのハーブと一緒に食べます。また、ホレシュと呼ばれる煮込み料理も多く、羊肉と、野菜や豆、鶏肉野菜など季節の果物や果汁を調味料として煮込みます。ヨーグルトやチーズ、果物も良く食べます。チヤーイーと呼ばれる紅茶やコーラを大変好みます。
主要輸出品目
1)原油、天然ガス、鉱鋼石、油化学製品
2)スイカ、ざくろ、柑橘類、サフラン、ピスタチオ、キャビア
3)手エ芸品および絨毯
主要輸入品目
エ業製品、電気製品、米、小麦、肉類 |
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イラン略年表
前2700年頃 エラムという国ができる。
前1300年頃 鉄器時代。
前550年頃 アケメネス朝が始まる。ダレイオス大王、インドからエジプトにかけて大帝国を築く。大帝国を築く。都はペルセポリス。
前500年 ペルシア戦争が起こる。
前330年 アレクサンドロ,ス大王、ペルシアの王都ペルセポリスを攻める。
前248年 パルテイア朝始まる。
紀元226年 ササン朝ペルシア始まる。ゾロアスター教が国教となる。
750年 アツバース朝始まる。カリフと呼ばれるイスラム教主によるイスラム帝国が築かれる。
1501年 サファビー朝始まる。イスラム教のシーア派を国教と定める。都はイスファハーン。
1750年 ザンド朝始まる。首都シラーズ。
1779年 カージヤール朝始まる。首都テヘラン。
1909年 イラン南西部のペルシア湾地区でイギリスが支援を出すアングロ・ペルシアン石油会社(後のブリティッシュ石油会社)の石油開発が開始。
1925年 パーレビ朝始まる。
1935年 国号がペルシア語で「アーリア人の国」を意味するイランになる。
1951年 モサッデク首相、石油産業の国有化を進める。ブリティッシュ石油会社からのグループ企業からの妨害。
1953年 軍によるクーデタ。イランの石油産業、外国の石油企業に支配される。
1960年 はじめとする産油国で石油輸出国機構(OPEC)が設立される。
1963年 パーレビ国王、この年より−部の有力者のための「白色革命」を行う。これに反対のホメイニ師、逮捕され国外追放。反政府デモで、数千人の死者。
1978年 反政府デモが大きく広がる。
1979年 ホメイニ師帰国。イスラム革命が成功。パーレビ朝が滅び、イラン・イスラム共和国となる。
1980年 イラン・イラク戦争が始まる。
1988年 国連の安全保障理事会で、イラクによるイランへの侵略戦争を中止させる決議がなされ、停戦。
1989年 ホメイニ師が死去。ハメネイ師が最高指導者となる。
1997年 ハタミ師が国民の圧倒的な支持を得て大統領となる。外交、内政ともに穏健な政策。 |
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