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 about iran
 
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イラン夜景   国名
イランイスラム共和国(Islamic Republic of lran)

首都
テヘラン(Tehran)

国土面積
1,648,195 Km2

時差
5時間30分(3月21日から9月22日は4時間30分)

通貨
イラン・リアル(lran Rial= IRI,1$=約3000Rial)

 
 
 

気候
四季がはっきりしており、夏は暑く、冬はかなり寒い。北、西、中央部では冬になると雪が降るところも多い。特に北部は日本と全く同じように、緑豊かで、稲作が農業の大半を占める。気候区分は大きく以下の3つに分けられる。
・北西部のアゼルバイジャン共和国に始まり、ホラーサーン州そして北東部のトルクメン共和国に至る温帯気候
・ザクロス山脈およびアルボルズ山脈地帯を含む高山気候
・ルート砂漠および塩漠を含む熱帯乾燥気候

正月の習憤
正月はノールーズと呼ばれ、3000年の歴史がある。西暦では3月21日にあたり、13日間にわたり様々な行事が催される。家庭では、ハフスイン(7つの S)として知られるペルシャ語で7つの品物とコーラン、鏡、金魚鉢を添えて飾る。

イラン料理(主食)
カスピ海沿岸のギーラーン州、マーザンダラーン州では稲作が盛んで、主食は米です。米料理は多彩で、白いご飯をチェロウといい、ご飯に色々混ざっているものをポロウといいいます。日本人がピラフと呼んでいるのはポロウがなまったものです。代表的ポロウは、バーゲラー・ポロウ(ディルというハーブとそら豆)、サブズィー・ポロウ(パセリ、にら、コリアンダーなど)、ルービヤー。ポロウ(さやいんげんとひき肉)、ゼレシュク・ポロウ(〈この実)などです。それ以外の地域ではナーンと呼ばれるパンが主食で、一般的なナーンには、サンギャク(熱くした小石の上で焼く)、ラヴァー(薄く焼く)、バルバリー(厚めに焼く)などがあります。

地方色豊かな料理
カスピ海沿岸では魚料理、野菜料理が多く、マーヒー・セフィード(高級魚)やウゾンブルン(キャビアの親魚)の炭焼き、燻製や塩漬けなど、日本と共通する食文化があります。テヘランや中部地方では肉料理が多く、鶏、羊、牛肉の焼肉(キャバーブ)はイランを代表する料理です。ミント、バジル、パセリ、にら、ラディッシュなどのハーブと一緒に食べます。また、ホレシュと呼ばれる煮込み料理も多く、羊肉と、野菜や豆、鶏肉野菜など季節の果物や果汁を調味料として煮込みます。ヨーグルトやチーズ、果物も良く食べます。チヤーイーと呼ばれる紅茶やコーラを大変好みます。

主要輸出品目
1)原油、天然ガス、鉱鋼石、油化学製品
2)スイカ、ざくろ、柑橘類、サフラン、ピスタチオ、キャビア
3)手エ芸品および絨毯

主要輸入品目
エ業製品、電気製品、米、小麦、肉類

  イラン略年表
2700年頃 エラムという国ができる。
1300年頃 鉄器時代。
550年頃 アケメネス朝が始まる。ダレイオス大王、インドからエジプトにかけて大帝国を築く。大帝国を築く。都はペルセポリス。
500年 ペルシア戦争が起こる。
330年 アレクサンドロ,ス大王、ペルシアの王都ペルセポリスを攻める。
248年 パルテイア朝始まる。
紀元226年 ササン朝ペルシア始まる。ゾロアスター教が国教となる。
750年 アツバース朝始まる。カリフと呼ばれるイスラム教主によるイスラム帝国が築かれる。
1501年 サファビー朝始まる。イスラム教のシーア派を国教と定める。都はイスファハーン。
1750年 ザンド朝始まる。首都シラーズ。
1779年 カージヤール朝始まる。首都テヘラン。
1909年 イラン南西部のペルシア湾地区でイギリスが支援を出すアングロ・ペルシアン石油会社(後のブリティッシュ石油会社)の石油開発が開始。
1925年 パーレビ朝始まる。
1935年 国号がペルシア語で「アーリア人の国」を意味するイランになる。
1951年 モサッデク首相、石油産業の国有化を進める。ブリティッシュ石油会社からのグループ企業からの妨害。
1953年 軍によるクーデタ。イランの石油産業、外国の石油企業に支配される。
1960年 はじめとする産油国で石油輸出国機構(OPEC)が設立される。
1963年 パーレビ国王、この年より−部の有力者のための「白色革命」を行う。これに反対のホメイニ師、逮捕され国外追放。反政府デモで、数千人の死者。
1978年 反政府デモが大きく広がる。
1979年 ホメイニ師帰国。イスラム革命が成功。パーレビ朝が滅び、イラン・イスラム共和国となる。
1980年 イラン・イラク戦争が始まる。
1988年 国連の安全保障理事会で、イラクによるイランへの侵略戦争を中止させる決議がなされ、停戦。
1989年 ホメイニ師が死去。ハメネイ師が最高指導者となる。
1997年 ハタミ師が国民の圧倒的な支持を得て大統領となる。外交、内政ともに穏健な政策。
 

政治体制
イスラム共和制。イスラム教をもとに議会制をしく、国家元首は最高指導者で、72人の専門家会議で選出され、政府の政策を取りしまる。議会は一院制で270人の代表者からなり、共和国大統領および専門議会議員は国民投票で選出される。

宗教
国教はイスラム教シーア派で、国民の大多数を占める。この他にキリスト教(07%)、ユダヤ教(03%)、ゾロアスター教(01%)などの信者がいる。

教育
現在イランの人ロの約半数は15歳以下で人ロの面では日本の半分ほどであるにもかかわらず、小、中、高校を合わせておよそ2千万人の就学者を抱える。5歳時に1年間の就学前教育を受け、小学校5年、中学校3年、高校3年、大学進学準備課程1年の合計12年間の教育を受ける。さらに高等の教育を望む場合、入学試験に合格し大学へと進学できる。教育費は無料(私学を除く)。

スポーツ
ズールハーネと呼ばれる古式体操、馬とともに行うチョガーン(一般にポロと呼ばれる)などがある。

 
民族
多民族国家で、遊牧民で西部山岳地帯に居住するクリド族や半遊牧民のロル族、イスファハン、西部のザクロス山脈に居住するバクティヤーリ族、農耕半遊牧のバルーチ族、そしてテヘラ居住し、主として商業に従事しているアルメニア人等で構成される。

言語
ファールスィーと呼ばれるペルシャ語。多民族国家のため、トルコ語クルド語、アラビア語、ギーラキ語、バルーチ語、ロル語など、各地で様々な言語や方便が使われる。
 
 
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